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海外だより

藤田にこ『食ッキング・食っきんぐ』

ファトゥおばちゃんの野菜

アフリカの最西端、ダカールに住んでいた頃。
暑さ厳しい場所での生活を乗り切るには、日々の食事が重要なのは言うまでもない。アフリカでの「食あたり」は、日本のそれとはくらべものにならない位激しく、体力消耗も著しいのだ。そうならない為の対策として、肉は海沿いの肉屋、魚は郊外の卸し屋、といった具合に、限られた衛生的なお店で買うことが、在留邦人達の半ば常識となっていた。

肉も魚も苦手で、野菜食中心の私の行きつけの八百屋さんは、家の前の道を海とは逆の方向へ真直ぐ歩き、バオバブの木とぶつかった、その木陰に、ひっそりと佇んでいた。店の壁はない。屋根は、バオバブの木が作る、わずかばかりの木陰がその役目を果たす。いわゆる屋台のようなお店だ。店には、古ぼけた木製のテーブルが一つあり、その上に、やはりぼろぼろの黒ずんだ木箱が六つ並び、その中には、目にも眩しく鮮やかな、色とりどりの野菜が、所狭しとあふれかえっていた。

店主はファトゥおばちゃん。陳列された野菜の後ろに、七つ目の木箱を逆さに引っくり返して椅子代わりにし、どっかりと腰を下ろしている。その周りで、幼い子供が三人遊び、時には争って母を手伝いもする。
ファトゥおばちゃんは、馴染み客の私の顔を見つけると、重そうな腰をヨイショと持ち上げ、白い歯を見せたとびきりの笑顔で、握手を求めてくる。握手した手をぶんぶん振りながら、挨拶を数分間続ける。長い長い挨拶がセネガル流。

「元気かい?」「元気よ」「旦那は元気?」「元気」「仕事はどう?」「ぼちぼち」「お互い大変だよねえ」「いや、私は旦那におんぶに抱っこだから。ファトゥは自立してんだからずっと大変よ」「この子達や、他の親戚の人たち、私が養ってるんだから、やるしかないわね。なにせ旦那は仕事ないしさ」

一夫多妻制の認められているこの社会、家族や結婚の形は案外多様で、子供はいれど、夫はいない女性が少なくない。いわゆる未婚の母。ファトゥの場合は、無職の子供の父親とは、時々会う程度、しかもその時は、ファトゥの稼ぎを一部渡しているという。一家の大黒柱だ。

それから私は、二、三日分の野菜を買い込み、ファトゥおばちゃんの言い値を、しばしの交渉の末少しまけてもらってから支払う。そして、おまけのフルーツを一緒にビニール袋に入れてもらって、家路につく。
ファトゥおばちゃんの笑顔についつい引き込まれてこちらも笑顔になってしまうのと、野菜がそんなおばちゃんそのもののように、色明るくいきいきとしているのとで、私は少々不便でも、野菜だけは、徒歩でこの店に買いにやってくるのが習慣になっていた。

そんな日常にある日変化が訪れた。
店が閉まっていたのだ。地面に無造作に広げられたぼろ布をそっとめくると、空の木箱が重なって転がっていた。次の日も、またその次の日も閉店。もう店をやめてしまったのか。そう思いつつも、突然の変化にこちらの気持ちがついていかず、つい毎日足を運んで、店が開いていないか、確認してしまうのだった。

一週間後。諦め半分で店の方向に歩いていった私は、店の見える距離まで近づいたところで、少し少なめの野菜が木箱に並べられて太陽を照り返しているのを発見した。
開店している。思わず小走りに駆け寄った。

ファトゥおばちゃんはげっそりと痩せていた。いつもなら腰を持ち上げて手を伸ばしてくるのに、この日は座り込んだまま、こちらにゆっくり顔を向けただけだった。
「…ボンジュール」
お決まりの挨拶にも力がない。それどころか、長いはずの挨拶が、たった一行しか出てこないのだ。

「…一体どうしたの、ファトゥ」
そう訊ねてから、私はいつもともっと違うことに気がついた。三人いた子供達のうち、一番幼かった子供がいないのだ。

「病気で死んでしまったの。あっけないもんだったよ」
涙も枯れ果てたかのような、疲労に満ちた、凍り固まった顔で、ファトゥおばちゃんはつぶやいた。返す言葉を失い、私はただ呆然と立ち尽くした。そんなまさか。まだあどけなさで一杯の、ちいちゃな女の子だったじゃないの。

目の前でうつむき、うなだれて乾いた地面を見ているファトゥおばちゃん。

すると、おばちゃんの後ろで、ただちょこんと座ってじっとこちらを見ていた二人の子供が、おばちゃんに近づき、そのファトゥおばちゃんの首に、小さい方の子供が腕をからめた。続いて大きい方の子も同じく腕をからめた。

二人に抱きつかれたファトゥおばちゃんは、優しく二人を抱き返し、やがて二人が離れてから、ようやく腰を上げ、こちらに歩み寄ってきた。

ファトゥおばちゃんは私としばし無言で抱き合った後、ふーっと息を吐き切り、ぐいっとあごをあげて前を見つめた。
「さ、仕事しなきゃね。二人の子供のためにも、またやるしかないね」

「商魂たくましい」という言葉を突然思い出した。と同時に、この言葉が最高の褒め言葉になることもあるのだと知った。
ファトゥおばちゃんは「野菜売り」という一見穏やかな仕事を、必死に、命を懸けてやっていた。色鮮やかに輝く野菜一つ一つに、確かにおばちゃんの気概と気迫がこめられていたのだ。
私ができること、それはその魂なる野菜を大事に持ち帰り、噛んで、噛んで、深く味わうことに尽きた。

この日私は、いつもより多めに野菜を買い込んだ。重い野菜を、えっちらおっちら抱えて歩きながら、ファトゥおばちゃんの「やるしかないね」という言葉を思い出していた。
ファトゥおばちゃんの野菜が抱えているたくさんの命。そのうちの一つが消えてなくなった。悲しみにくれる暇はない、残りの命たちに、どんどん生命力を足していかなければならないのだ。
それを、重々わかっていて、自らを奮い立たせているファトゥおばちゃんの真似は、到底できるものではない。自分がそんなファトゥおばちゃんの顧客の一人であることが、たまらなく誇らしく思えてきた。

あれから六年。
ファトゥおばちゃんが今でもあそこで野菜を売り続けているのか、確認できないまま現在にいたっている。