藤田にこ『食ッキング・食っきんぐ』
冬休み中の娘を連れて、マイナス10度のモントリオール中心街に出かけます。向かう先は、ホテルFairmount Queen Elizabeth。こちらの高級ホテルは、1969年5月に、かのジョン・レノンとオノ・ヨーコが「Bed-in for Peace」を行った会場として有名です。こちらのホテル内にあるレストラン・バー「Le Montrealais」は、モントリオールでは数少ない、「アフタヌーン・ティー」を提供するお店。昨年末に10歳を迎えた娘に、プチ淑女体験をさせたくて、アフタヌーン・ティーを予約していたのです。
アフタヌーン・ティーは、1840年頃にイギリスで始まった喫茶習慣。お茶類と軽食、お菓子を同じタイミングでいただきますが、使われる食器、調度類、花や絵などの部屋の装飾、いただく際の作法や会話内容にまで優雅さと洗練さが要求される、社交の場です。日本の茶道のように、一期一会の精神でシェアリングを楽しむ、日常の中の非日常。今回は、美しく佇む存在に、無理なく、あくまでも「楽しく気持ちよく」調和していく人生を歩めますように、との母からのおまじないをかけるのです。
落ち着いた緑色のクロスがかけられたテーブルに着席後すぐに、ウィンクが上手なセバスチャンという名のギャルソンが、たくさんのお茶類を載せたワゴンを運んできます。蓋を開けて香りを確かめながら、どのお茶をいただくか絞り込んでいくのですが、魅力的な香りが続いて、なかなか決められません。「困った~」というセリフがこれほど似合う笑顔はなかなかありません。
ようやく決まった娘のお茶は、「プロバンス風ルイボスティー」。カフェインレスで、甘い香り豊かな南アフリカ原産のお茶。実はアフリカ生まれの娘には、もしかして故郷を運ぶ香りなのかもしれません。にこが惹かれたお茶の名前は「ダージリン・マーガレット・ホープ」。この名前にドラマあり。ダージリン地方の農園主の娘だったマーガレットが、農園を思いながらイギリスへの帰路についた、その帰途、病で亡くなってしまったそうです。その娘の死を嘆いた父が、農園に帰りたがった娘の気持ちをお茶の名前につけたそうなのです。高貴ながら強いインパクトのある味わいは、そのまま娘への父の愛の大きさを象徴しているのでしょうか…
いよいよ、アフタヌーン・ティーの象徴的存在である、3段重ねのティー・トレイが運ばれてきました。もともとロー・ティー(Low Tea)とも呼ばれるアフタヌーン・ティー。サロンなどの低いテーブルのある場所で供されたため、こうした高さのあるトレイが必要とされました。一番上には、軽食、中段がスイーツ、下段がスコーンに分かれています。
軽食の段には、シンプルな食パンにカナッペ風に具が載ったサンドイッチ3種。七面鳥に辛子を合わせたもの、カナダの名産スモークドサーモン、そしてきゅうりと卵が重なったベジタリアン=にこ仕様。きゅうりと卵は具が多めでリッチ感あり。七面鳥もほどよい分厚さ、また、食べずともスモークドサーモンの味のよさは、その輝きに見てとることができます。
中段のプチ・フール、小さな焼き菓子類は、色とりどりでまるで宝石箱。ピスタチオ味の緑のマカロンと、オレンジ味の山吹色のマカロン、それにイチゴがカスタードクリームに載せられたタルトと、チョコクリームをチョコクッキーで挟みこんだもの、そんな小さなお菓子がひしめきあって、デザート公園を色鮮やかにみせています。お味の方も、違うお味をいっぺんに少しずつ試せて、ぜいたく感満載。一つ一つ丁寧に作られたその甘やかさをとことん味わい尽くします。
下段には、イギリス食文化を代表するものの一つ、スコーン。レーズンの入ったスコーンと全粒粉のもの。サクサク感としっとり感が絶妙にバランスされ、シンプルながら癖になる美味しさです。クロスグリやマーマレードのジャムも捨てがたい美味しさだけれど、なんといっても、スコーンに添えられてきたサワークリームの豊潤さには目を見張ります。当然ながらスコーンとの相性は抜群!そしてその相性はお茶をも巻き込んで、口中で見事なファンファーレをかき鳴らすのです…
上段、中段、下段、また上段、中段…と不規則に、そして自己流に行ったり来たりしながら、あくまで優雅にこのひと時を思います。娘の瞳も輝きっぱなし。この瞬間に口にしているものを深く味わい、その味わいをこちらに伝えようと、ぴったりの表現を探す姿は、「もしや将来のフードアナリストか?」と親バカを増長させるに十分なものです。にこがフードアナリストの柱に掲げるテーマ「そこに愛はあるのか?」に照らし合わせれば、この日のアフタヌーン・ティーは愛に溢れた一期一会そのものでした…。ジョン・レノンが歌った大好きな歌「love」が心に流れ始めます。Love is touch, love is reaching…触れ合って、さらに手を伸ばして。アフタヌーン・ティーは愛にどん欲な我々をどこまでも応援してくれます。今年も素敵な年になる予感が増してきました…
温かさでいっぱいのお腹とハートを抱えながら、ジョンとヨーコが平和活動をした1738・1742号室のある方を仰ぎ見て、帰途につきました。二人はあの部屋で、どんなアフタヌーン・ティーを楽しんだのかしら…
ホテル・フェアマウント・クィーン・エリザベス:http://www.fairmont.jp/queenelizabeth/