とっておきのサプライズ

藤田にこ『食ッキング・食っきんぐ』

今月の「食の王様」こと、「食ッキング・食っきんぐ」には、とっておきの赤い絨毯をしきつめて、素晴らしいシェフにご登場いただきましょう!絨毯の赤は、ここカナダにありながら、神社の鳥居を髣髴させる、日の丸の紅色。食文化の競争激しいモントリオールで、不動の大人気を誇る日本レストランJUNIのシェフ、池松純一さんです。

何を隠そう、にこが娘と、「とっておきの日」に出かけるのがJUNI。必ず、池松シェフの一挙手一投足が見える、カウンターの角の席を予約します。日本料理は見た目も重要とはよく言いますが、JUNIについては、視覚の美しさはまだ何も載っていないお皿から始まります。シンプルながら風格のあるお皿に、一つ、また一つと、池松シェフの魔法の手が作りだすお料理が並んでいきます。その過程のどこを切り取っても、お皿は美しく輝いています。並び終わった料理も、これからそこへ飛び込む料理も、双方がわくわくとお皿の芸術に参加しているように見えます。それは、池松シェフが、食材の「いのち」を丁寧に紡ぐという役目に徹しているがゆえの、プロ意識のなせる技なのです。

カウンターの向こう側は、ぴんとはりつめた空気が、食材をぴりりと引き締めています。メイン料理となるお寿司に使われる魚は、それこそ鮮度と、その鮮度を殺さない包丁さばきが肝心ですが、カウンターのあちらからこちらへとやってくるまで、逆にその鮮度を増していくかのような錯覚に陥るほど、美しくスムースにさばかれ、盛り付けられてやってきます。

ベジタリアンであるため、肉も魚も食べられないにこ、本来ならお寿司は苦手なのですが、JUNIには勇んででかけます。それは、池松シェフが、魚や肉のみでなく、野菜とのコラボレーションにおいても、素晴らしいお料理を提供してくれるからなのです。

「Pas besoin d’etre vege pour aimer ce livre」というレシピ本が2011年4月に出版されました。ケベック中のグランシェフ35人が協力した、ベジタリアン料理の本格的なレシピ本ですが、JUNIのグランシェフとして、池松さんが登場しています。そのページにも、野菜で作る寿司盛り合わせが紹介されています。寿司らしさであるシャキッと締まりのある味を守りながらも、食材は日本のみならず世界の食材を自由な発想で取り入れています。日の丸の紅色を背負おうとも、それをカナダ国旗の赤に塗り替えようとも、池松シェフの料理はびくともしません。「美味しいもの」という原点をはずれないところで、シェフの発想は自由に料理の世界を駆け巡ります。勿論、自由に駆け巡れるのは、どんな発想にもなんなくついていく、確固たる実力ゆえのこと…。

先日JUNIを訪れたにこと娘の前に、池松シェフがおもむろに取り出したのが、千代紙でできた小さなピアノ。なんと、数年前に訪れた際にまだ幼かった娘が池松さんにあげたピアノだったのです。数年経って、いささか色は落ちているものの、大事に保管してくださっていたことが娘にとっては大きなサプライズ。幼い頃の面影そのままに、感激の表情を池松シェフにむけていました。こうしてまた、忘れられない特別な思い出が、温まった胃と心の上に、重ねられていくのでした。

「芸術は、どんなに完璧に説明されたとしても、それでもまだサプライズを内包しているものではないだろうか」とは、フランスの文豪、アンドレ・ジッドの言葉。訪れる度にサプライズをいただく池松ワールドは、ジッドもうなるに違いない芸術の宝庫。黙々とまな板と食材に向かう池松シェフの眼差しがこれからどこへ向かうのか、ジッドと共に追いかけてまいりましょう…

レストランJun i : http://www.juni.ca/